ドムス友愛東京女子学生会館

ドムス友愛の創立者と現在


小山田四郎プロフィール

小山田四郎写真 早稲田大学文学部哲学科卒業後、佐藤科学研究所文化部勤務。2度の大戦に応召する。戦地にあっては「もしも神が私を必要とするならば、私に命を与えてください。」と祈りつつ幾度の死線を乗り越え、終戦を外地で迎える。
復員してから、戦後の混乱期、生まれ故郷である強首村(現在の大仙市)に村人達の強い要請を受け、村長として迎えられる。
その後、昭和26年~7期にわたり秋田県議会議員として在職。その間、議会運営委員長、農政委員長などを歴任しながら、教育委員、民生委員をし、学校及び社会教育の充実に努める。社会福祉に於いても(財)秋田至仁会理事として刑余者の自立更生保護に当たり、又、松寿会理事長として養護老人ホームの建築に奔走し、親身になってお年寄りの相談に努める。国政への勧めにも顧みず、郷土、秋田にあって"社会に役立つ"及び、"一隅を照らす"精神と行動を終生忘れなかった。又、昭和33年9月に、妻ヤスの進言を受け、女子大学生のための施設を東京自宅の敷地の半分をさいて設立する。

著書「星おちる日の記録」~戦地での体験を通じて平和への願いが込められた手記~平成20年4月キリスト新聞社から復刊。
 明石康氏(元国連事務次長)推薦の言葉より~現代の平穏な生活にひたりきった私達に、あの戦争(太平洋戦争)がいかに悲惨であり、また極限的な状況の中で人間性の善と悪がどのような現れ方をしたかが、手にとるように書かれている。この稀有な戦争の記録が、現代の日本人によって読まれることを希望したい。
~購入ご希望の方は、当方に直接お申込下さい(当HPに表示のTel・Fax・E-mailにて、四六判 定価\1000+税)


小山田ヤスプロフィール

小山田ヤス写真 日本女子大学社会事業学科卒業後、同校の指導者室に在籍する。その間にキリスト教の道に入る。同じクリスチャンで当時東京在住であった小山田四郎氏と結婚、家庭に入る。しかし、家庭人にあっての出来る範囲内で、幾らかでも社会に貢献出来ることがあればとの思いを持ち続けていた。そして聖書の言葉「兄弟愛を続けなさい、旅人をもてなすことを忘れてはならない」から啓示を受け、夫小山田四郎氏に女子のための学生寮の設立を進言し、その実現を見るに至る。香川県高松市出身。

百歳を迎えた時の記念誌「百寿の栞」平成18年1月に編纂。
ご希望の方は当方にご連絡下さい(当HPのTel・Fax・E-mailにて、無料)。


小山田達プロフィール

小山田達写真 慶応大学法学部政治学科国際政治専攻。卒業後、日本コロムビアに勤務。平成10年退社。その後ドムス友愛の運営に当る。
料理には生来のセンスを有し、懐石料理近茶流(柳原)の講師の資格を有し、又、ル・コルドン・ブルー東京校でフランス料理・菓子のグランディプロムを取得。クリスマス会などで腕をふるう。素人園芸にも余念がない。

ゲーテの言葉「汝自身に忠実であれ、そしてまた他の人々にも。そして汝の努力は愛の中にあれ!そして汝の生は行為たれ!」を信条としている。


 千家伸子プロフィール

千家伸子写真 創立者の次女、両親の精神を受け継いで、寮生の母親代わりを勤める。
永年に亘って華道(小原流、草月流、ブーケ・ド・フランス)を修める。朝日カルチャーセンター講師を務め、現在は当寮にて「花のアトリエ」の教室を主宰する。また、茶道・裏千家流の教授の資格を有する。


国登録有形文化財「強首樅峰苑」


小山田四郎の生家である小山田本家は現在旅人の宿として秋田県内・外から多くの方々が訪れています。
"旅人をもてなす"精神はここでも脈々と息づいています。匠の技に満ちた日本建築の粋、そして四季の旬でのおもてなし、皆様のお越しをお待ちしております。

「強首樅峰苑」での同窓会集合写真 「強首樅峰苑」での同窓会風景

当苑での同窓会<平成21年6月14日>

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